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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)13号 判決 1972年11月28日

原告 高砂香料工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四六年一一月一七日、同庁昭和四三年審判第六二八〇号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二請求原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四〇年一〇月一三日、楷書体の「高砂」の漢字とアンチツク体の「ミクロン」の片仮名文字を一連に左横書きし、その下部にイタリツク体で「takasagomicron」の欧文字を横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法施行規則第三条別表第四類化粧品(薬剤に属するものを除く。)、香料類、せつけん類(薬剤に属するものを除く。)その他本類に属する商品として、商標登録出願したところ、昭和四三年六月一〇日拒絶査定を受けたので、同年八月一三日審判を請求した(同年審判第六二八〇号)。特許庁は右審判事件につき昭和四六年一一月一七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は昭和四七年一月一七日原告に送達された。

二  審決理由の要点

本願商標の構成、登録出願年月日および指定商品は一のとおりである。

ゴシツク体とアンチツク体を折衷したような態様で「明色ミクロン」の漢字と片仮名文字を一連に左横書きしてなり、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条第三類香料及び他類に属しない化粧品を指定商品とする商標が昭和二六年一月一八日登録出願され、昭和二七年六月二四日登録されている(登録第四一二九八号商標。以下「引用商標」という。)。

そこで本願商標と引用商標の類否について検討するに、本願商標を構成する文字中「高砂」の文字は、請求人(原告)の商号の略称と認められる「高砂」の部分に合致したものであり、また、その下部に横書きされた「takasago」の文字は前記の字音を欧文字で表わしたものと認められる。一方、引用商標を構成する文字中「明色」の文字についても、引用商標権者である株式会社桃谷順天館が化粧品等の商品に使用し、取引者、需要者間に相当認識されている商標に該当するものと認められる。そうとすれば、本願商標中の「高砂」、「takasago」および引用商標中の「明色」の各文字は、これに続く「ミクロン」あるいは「micron」の各文字との関係においては、ハウスマーク的な意味において代表的出所標識として理解されるものというのが相当であり、また本願商標中の「高砂」と「ミクロン」、「takasago」と「micron」および引用商標中の「明色」と「ミクロン」の各文字は、それぞれ一体不可分の結合をなすものとして把握しなければならない特別の理由も存しないところであり、さらに、両商標は一連に称呼するときは比較的冗長に亘るものであること等を勘案すれば、両商標における「ミクロン」の文字自体も(本願商標については「micron」の文字自体についても)それぞれ各商品毎の出所標識として独立して自他商品の識別機能を有する部分として(商標の要部として)分離して観察される場合が少なくないことは、近時、商標の使用にあたり、その代表的出所標識と各商品毎の出所標識とを併記して表示する傾向にあることと、簡易迅速を尊ぶ取引社会の実際に照らし相当といわなければならない。してみれば、本願商標および引用商標は、これから「ミクロン」(一〇〇万分の一メートル)の称呼、観念を生ずるものであるから、ことさら、外観上の類否について論及するまでもなく、称呼、観念上相紛れるおそれのある類似の商標であつて、かつ、その指定商品についても互に牴触することが明らかである。

請求人(原告)は、両商標における「ミクロン」の文字は一メートルの一〇〇万分の一の長さを言い、特別顕著性がない部分であつて、両商標は前半の「高砂」と「明色」の文字に特別顕著性を有するものであるから非類似である旨主張するが、「ミクロン」の文字が前記の意味を有する語であることのみをもつては、その指定商品について自他商品の識別標識としての機能を有しないものと判断することはできないので、請求人(原告)の上記主張は採用することができない。

したがつて、本願商標は商標法第四条第一項第一一号に該当するものとして、その登録は拒絶されるべきものである。

三  審決を取り消すべき事由

引用商標の構成、登録出願および登録年月日、指定商品ならびに商標権者が審決認定のとおりであることは認める。しかし、本願商標の「高砂」と「ミクロン」、「takasago」と「micron」は一連不可分の関係にあり、仮に各部分を切断して観察することは許されるとしても、そのうちの一部分を要部として取り上げ、それのみをもつて他を顧みなかつた点において審決の判断は違法である。すなわち、引用商標の商標権者である株式会社桃谷順天館は化粧品の製造業者として有名であり、右会社が商標権を有する商標または連合商標で「明色」の文字を含むものは一五二四件に達し、「明色」の文字は右会社を表示するものとして需要者の間で有名になつている。また、原告も化粧品の製造業者として今日では内外に有名であり、「高砂」、「takasago」は原告会社の略称であるから、本願商標の「高砂」、「takasago」および引用商標の「明色」はそれぞれ自他商品の識別力を有する。一方、「ミクロン」、「micron」は、長さの単位であることが一般に周知であるから、自他商品の識別力において「高砂」、「takasago」および「明色」と同等かそれより稀薄である。したがつて、「高砂」、「tasakago」および「明色」を無視して本願商標と引用商標の類否を判断することはできない。

第三被告の答弁

本件の特許庁における手続の経緯、本願商標の構成、指定商品、登録出願年月日、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認めるが、審決には原告主張の違法はない。すなわち「明色」の文字が引用商標の商標権者である株式会社桃谷順天館を表示するものとして需要者の間で有名であること、原告が化粧品の製造業者として内外に有名であることは争わないが、このことは、本願商標中の「高砂」および引用商標中の「明色」の各文字が、審決に記載のとおり、これに続く「ミクロン」の文字との関係においてハウスマーク的意味において代表的出所標識として理解されることを意味する。そして、本願商標中の「高砂」と「ミクロン」、引用商標中の「明色」と「ミクロン」の各文字は、それぞれ前者が漢字よりなる日本語であり、後者が片仮名よりなる外来語であつて、その字態を異にするばかりでなく、観念上においても不可分の関係にあるものではないから、これらは一体不可分の結合をなすものではない。また、両商標は、一連に称呼するときは比較的冗長に亘るものであるから、それぞれの「ミクロン」の文字も分離して自他商品の識別機能を有する部分として認識される。したがつて、両商標は、いずれも「ミクロン」(百万分の一メートル)の称呼、観念を生ずるから互に類似するといわねばならない。

第四証拠関係<省略>

理由

本件の特許庁における手続の経緯、本願商標の構成、指定商品、登録出願年月日、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用商標の構成、登録出願および登録年月日、指定商品が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。

そこで原告主張の審決を取り消すべき事由の有無、すなわち本願商標と引用商標の類否について判断するに、本願商標の「高砂」と「ミクロン」、「takasago」と「micron」および引用商標の「明白」と「ミクロン」が呼称、観念上一連不可分の関係にあると認めるべき特別の理由はなく(原告も一連不可分とするその理由については何も主張していない。)、両商標は、一連に呼称するときは比較的冗長であるので、簡易迅速を尊ぶ取引の実際においては、より簡略に称呼を生ずるものと認めるのが相当である。そして、両商標中の「ミクロン」、「micron」は、本来は長さの単位(百万分の一メートル)を表わす語であるが、それ自体自他商品の識別力を有しないと認めるべき理由は何もないから(原告もこれが識別力を有することを否定していない。)、本願商標および引用商標は、取引の実際において、「高砂」および「明色」と略称されるほかに、いずれも「ミクロン」と略称され、ミクロン(百万分の一メートル)の称呼、観念をも生ずるものと推認せざるを得ない。したがつて、本願商標は引用商標に類似する商標であるといわねばならず、審決には原告主張の違法はない。

原告は、本願商標中の「高砂」、「takasago」および引用商標中の「明色」がそれぞれ強度の識別力を有するから、これを無視して本願商標に類似するとすべきではない旨主張するが、右主張は、両商標がそれそれ前後一連にのみ称呼されることまたは「高砂」および「明色」とのみ称略されることを前提とするものであり、その前提の誤りであることは右に判示したとおりであるから、採用の限りではない。なおまた、「高砂」の文字を商号の一部とする原告が有名な化粧品製造業者であることおよび「明色」の文字が引用商標権者を表示するものとして著名であることは当事者間に争いはがないが、これらのことによつても、本願商標および引用商標が「ミクロン」と略称されうることの妨げとなると解さなければならない理由はとうてい見出すことはできない。

よつて、本件審決を違法としてその取消を求める原告の請求は失当というべきであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青木義人 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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